寺泊勤王の志士 本間精一郎没後百五十年  「幕末展」      拝観無料
一般公開日9月23日(木)pm2:00〜pm6:00 9月24日(金)pm2:00〜pm6:00

秋分のお彼岸のお参りのあとに。また檀家でない寺に入るのはなかなかありません是非この記においで下さい。

照明寺

本間精一郎自筆山水画
「秋風満山紅葉漸香し」と書かれ三条の幕末の勤王画人
村山羊牧に画を習ったと伝えられる。

興琳寺

本堂に飛び込んだ砲弾
慶応4年(1868)5月24日、戊辰戦争内の寺泊海戦があった日
本堂に砲弾が打ち込まれ砲弾は山門、本堂を貫き裏の土手に刺さった。

養泉寺

北海孟士行の漢詩掛軸
高橋竹介作、本間健四郎筆で精一郎の
功績を讃える漢詩。
本間精一郎の肖像画の掛軸、展示予定

本間精一郎生誕の地
本間精一郎(1834年)は酢、醤油醸造を営む豪商の分家に生まれる。
与板の斉藤赤城の塾で学び、黒船入港の動乱期に江戸で昌平黌に学ぶ
また北辰一刀流の千葉道場で剣術を習う。
やがて京都で尊攘派浪士の中心的存在になっていった。
三藩の勢力争いの中、藩閥の影響をもたない浪士が活躍することは
妬み、恨み、同士等の誤解など招き文久2年(1862年)
精一郎29才で兇刃に斃れた。